来歴
プリンストン大学で建築学と都市工学を学ぶ。大学卒業後、ジョシュア・ローガン(後に映画監督となる)、ヘンリー・フォンダ、マーガレット・サラヴァンらが所属する学生演劇集団「ユニバーシティ・プレイハウス・グループ」に参加。俳優を志し、彼らと共にニューヨークで共同生活を送るが不況のためにほとんど仕事はなく、俳優業を諦めることも考えていた。 1935年、舞台で共演した女優でコラムニストのヘッダ・ホッパーの推薦により、『舗道の殺人』 に出演して映画デビュー。翌1936年には 『超スピード時代』 で初主演を果たした。1939年、『スミス都へ行く』 が大ヒットし、アカデミー主演男優賞に初ノミネート。翌1940年の 『フィラデルフィア物語』 で、アカデミー賞主演男優賞を獲得した。
第二次世界大戦中は陸軍の爆撃機パイロットとして活躍。大佐にまで昇進した(これはハリウッドの俳優としては最高位)。1959年にはさらに予備役空軍准将に昇進している。 1950年、『ウィンチェスター銃'73』 で、初めて作品の儲けから定率でギャラを支払う、いわゆる出来高払い制度で契約した。このシステムは、現在まで長い間引き続き使われている。 1984年、長年の映画界への功績を称え、アカデミー賞名誉賞が授与された。。